恵の小雨

連日の猛暑
普段なら憎っくき雨も
ありがたく感じます
このくらいの小雨なら
客足に影響もなく
逆に唸るような暑さが和らぎ
夕方まで人気のひく六角通りに途切れることなく方向者が行き交います

成長著しいトネリコたちも日焼けした葉に雫を浴びて
生き生きとして見えます
明日は五山の送り火ですが
どうやらこの雨は明日も続くようです

さてさて
広島が小出しにしてくれておりますが
いよいよ今年のmerphの外套たちが仕上がりつつあります
現状まだ縫製チェックのサンプル段階ですが
ここからは一気に進行します
暦が夜長月を迎えます頃
そのほか
カットソー工場でも新作が複数進行中
ご期待ください

今年はいつも以上に厳しい暑さが続いていますが
その分なんだか秋の雰囲気は早々と近づいているような気がします

京都の東山にある我が家の周りでは
ひぐらしが
鳴き始めました

もうすぐ
秋です

故郷

お盆に先駆け
三日間休暇をいただき実家の名古屋へ帰っていました

巨大都市名古屋
霊園も一つの街の様
いくつものお寺の霊園が
東山の山を埋め尽くしています
久しぶりに我が家の墓を目指すも
道に迷い
少し遠回りになりながら
昔の記憶と
交通ルールを配慮しない母のナビゲーションでようやくたどり着きました

長年仕事が忙しいと言い訳して
盆も正月も名古屋に帰っていませんでしが
両親も歳をとり
私もいい中年になり
今元気に仕事をできていることを
せめてこの二回の日本の休みは実家に帰って家族と過ごすようになりました

縁あって京都に住まうようになりましたが
やはり故郷は大事にしたいと思います
新幹線なら37分
高速で走っても名古屋市内の実家のすぐ近くまで都市高速が走っています
文明都市名古屋の恩恵にあやかり
ちょっと暇ができたら名古屋で休日を過ごすなんて余裕を
そろそろ持てるように頑張りたいと
思ってはいます

ただの洋服屋

ペルセウス流星群がやってくると
11年前の宴を思い出します
この店が始まる夜
同い年の音楽家に門出を祝ってもらいました
あの日トルソーに書いてくれたサインには
2007.8.12と日付が書いてあります

昨日
8月12日はcassowaryの誕生日でした
オープンのあの日を思い出すと11年もの時間を感じないのに
ここでおきた出来事を一つ一つ思い返すと
もっと長い時間が過ぎたように感じます

コンクリートの壁に囲まれ
南と東はガラス張り
ほぼ正方形の空間に
ハンガーラックを数本並べただけの店
そこにやがて家具が増え
バーカウンターができました

ご来店いただいた方の数は一体どのくらいになるんでしょう
簡単な計算でも延べ1万人を超えます
とんでもない数です
できることなら一人一人に感謝を伝えたいところです

この店は『ただの洋服屋』です
そこに誇りを持っています
色々な服屋の形ができて
インターネットでも洋服は買える時代です
でも
自分の店は
私が15、6歳の時に憧れた
街角のあの洋服屋の姿でありたいと思います
これからもっと洋服屋は減っていくでしょう
でも私の思う『ただの洋服屋』であり続けることが
ずっとこの仕事を続けていく唯一の方法だと思います

12年目のこの看板のない店
これからも気が向いたらお立ち寄りください

11年と2年半の物語

朝からずっと仕込み仕事をこなし
少し疲れたのでアーロンチェアをリクライニング解放し
天井を眺めていて気づきました
このコンクリートの箱庭は
来週で11周年です

今シーズンから原点に戻り
私自身が店頭に立ち接客をする時間を増やしました
ほぼ毎日店頭の片隅に作ったデスクにかじりつき
お客さんがいらっしゃったらルームサンダルのまま接客をすると言う日々です
まさに寺町御池の老舗ふとん店の二階でSanctumを始めたあの頃のようです
白髪と体重は増えましたがこのやり方は変えられないようです

11年
寺町御池での2年半を合わせると13年半
一体どれだけの方々にお越し戴き
そして洋服を買っていただいたか
単純に数字で把握せずとも
この半年ここに立ち毎日のように起きる嬉しいエピソードで実感しました

アメリカ フランス イスラエル デンマーク
オランダ ドイツ メキシコ ブラジル 香港
台湾 スイス シンガポール
今思い出すだけでこれだけの国にリピーターがいらっしゃいます
宣伝もせず取材も受けないのに
京都へ来るたびによってくれる方がすでに世界中にいます
大きなレーベルでは驚くことじゃないでしょう
でも私はこれを京都の街角に店を構えるだけで成し遂げました
もちろん海外だけじゃありません
ここで私の洋服を見つけてくれて以来
何年も通ってくれて
彼女ができて結婚し
子供を連れてまた戻って来てくれて
ここでは毎日誰かしらとの出会いとその続きの物語が溢れています

11年
そしてこれからも同じような日々を積み重ねて
meprhというただの洋服を
皆様にお召しいただける様
多少の困難は飲み込んで
大きなピンチは打ち砕いて
前にジリジリと進んでいきます

黙祷と敬意

私の生まれた名古屋も
戦時中は辺り一面焼け野原だったと聞きます
祖父もシベリアで捕虜となり
当然生まれる前の出来事とはいえ
戦争の存在は私の世代にも影を落としていました
その影は広島に比べれば大きくはありません

広島のmerphの部屋はあの日
悪魔の兵器が炸裂した真下にある原爆ドームから歩いて5分ほど
おそらくあの日何もかもが吹き飛び
焼き尽くされた場所だと思います
今その街から感じ得るものはその惨劇ではなく
その地獄から立ち直った人々の生命力です

私たちの国の歴史で最も悲しい日ですが
犠牲になった人々への黙祷を捧げるだけでなく
ここまで立ち直った生き残った人々への敬意も払い
ご縁をいただき関わることができたこの素晴らしい街に
恥ずかしくない部屋にしていきたいと思います

feat.M

もう一年半くらい前に言い出した企画が
ここに来て活発に動き始めました

広島は自分たちの店のピックを作り
素晴らしいパーカを企画しました
これに負けじと
merphはある音楽家と一緒にあの作品を創ります

お披露目は10月になるでしょうか
ご期待ください

京都の引力

東京から新幹線で岡山へ向かう音楽家に
京都駅で途中下車してもらい
名古屋からギターメーカーさんにも参加してもらって
京都駅ビルの11階で昼食を取りながらの製作会議
初めてお会いしたギターメーカーのY氏は
偶然にも私の高校の先輩でした

京都という街は
わざわざこちらから出向かなくても
皆さんが来てくださるんです
それが狙いでここに腰をすえたわけではないですが
先人たちの作り上げたこの由緒ある街に助けられています

洋服を創る者として
やはり海外に進出というのは夢の一つになります
しかし
ここ京都で毎日たくさんの外国人の方にお買い上げいただいてるうちに
その意味さえなくなって来ました
海外のコレクションに出たところで
それほど洋服は出回るわけじゃありません。
私の力不足も認めますが
過去に勤めたレーベルでその苦労と不毛感は存分に味わいました
海外の卸売なんて博打ですから
中間に入った業者が金持って逃げるなんて
中日ドラゴンズの勝率よりはるかに上です

cassowaryには
宣伝もしてないのに
海外の方が続々いらっしゃいます
大金使ってパリだのフィレンツェだの行くよりも
この街でじっくりと洋服を創り続けていた方が
結果的に私の創るmerphは海を渡って行くんです

先鋒

こちらも女性用を製作しました
薙刀でも構えさせたくなる仕上がりです
男性用とデザインは何ら変わらないのですが
ちょっと着丈の比率を変えています

色だけでなく
起毛のかかったしっとりした肌触りも気に入っています

男性用のMR2070とともに
今年秋の先鋒好調です
外套製作を得意とするmerph
いよいよざわついてまいりましたよ

女流小説家

夏がこれから本番を迎えようとする中
店頭に届いた”novelist”
春の前モデル”bookman”があまりにも女性に人気があったため
今回はしっかりと女性のサイズを製作いたしました

merphの公式instagramでも素早い反応をいただき
猛暑と台風に襲われる中
毎日売れております

先日過去のスワッチを眺めていたのですが
1シーズンに震えるほど多くの型数を製作していました
しかし
今見ると型数を作り込むことに追われて
ちょっと詰めの甘い作品が紛れ込んでいると感じました
あの頃はあれが精一杯だったんで
決して手を抜いたり妥協していたわけではないのですが
細かいところに気がつけなかったんだと思います
あれから環境を自ら変えて
直営店でのみ販売するようになったmerphの作品は
型数こそ半分以下になりましたが
作品としては大きく成長したのではないかと思います

今年の冬もご期待ください
みなさんを満足させる作品を必ずお届けします

理論上シャツ

春にリリースした”bookman”というデザインのロングシャツを
さらに着丈を伸ばし(120cm)
袖口のオーソドックスなシャツのディテールを削除しました
目指したのはバスローブの雰囲気

しかし仕上がりは私のイメージをしのぎ
立派なコートとなりました
気軽に作っても仰々しい
これはもうmerphの個性です

これまでこれをシャツと言い切る私の態度に
文句を言いながらも縫い続けてきた工場も
さすがに今回は生地の厚さと縫いあがりの迫力から
『これはもうシャツ工賃ではぬわんよ』と怒っていました

工場の皆様
おかげさまでMR2069好評です
来シーズンはまた生地を薄くしますので
なんとかまたお願いします

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